前回のお話では「育てる」という事をお伝えしました。
現在、私は現場仕事をしています。大人だからなんでも出来るわけではないのです。清掃業という経験がなければ、現場で一人前に作業するのはなかなか難しいものです。私も清掃業に就いた最初の頃は作業云々ではなく、ホースの付け方外し方すらわかりませんでした。最初はその現場ができる方と入っていても新入りさんに作業の基礎や段取りを教えなければ作業員として独り立ち(ここで言う独り立ちはある程度現場の流れがわかり、頭の方の指示待ちではなく自ら段取りができる事を指します。)には時間がかかります。
まずは、作業員の手を止めず補助についてもらう事が最優先だとは思いますが、最終的にはどちらが頭をとっても作業ができるようになってもらうにはどうするのが良いのか?です。
今回は、私が経験してきた中で感じた事をお話ししようと思います。ある程度作業時間に余裕がある現場でどちらも新人さんが居てのお話しです。
全体の作業を早く終わらせる事を目的にした場合と、作業を覚えてもらう事を目的にした場合では、やり方が変わってきます。
“できる”に目を奪われない

前者は早く帰れるけど、新人さんは時間や目の前の事に追われ作業を覚えると言う余裕がなく1日が過ぎてしまいます。作業内容によっては時間ギリギリの作業内容な時もあるのでそういう時は仕方ないとは思います。後者は、何か1つでもいい作業のコツなどを掴んでもらうため時間がかかっても1つの作業をしてもらい、作業ができる人が意図して補助的作業に回ったりします。その1つの作業ができないからとずっと前者のままのやり方では毎日が過ぎていくだけで本人も育ちませんし、作業の達成感もやり甲斐も生まれないと思うのです。
私の中で思っている事ですが、その現場に数回入った事があった場合「何度やらせたら出来るのか!」と新人さんがお叱りを受けている所も見かけます。ここは個人の性格や覚えれるスピードが違うし、マルチタスクが苦手でたくさんの作業を言われると何かを忘れてしまう。そのような方もいます。それを怒った所で意味がないと思っています。怒れば子供も大人も萎縮してしまい、出来るようになる事に集中するのではなく、怒られないようにする事に集中してしまうのです。指示する側が何名かいる場合、指示する事の一貫性を持つと言う事もとても重要になってくると思います。指示する側が毎回違う場合怒られる内容も毎回違うので、何に対して言われていて、何が良くなかったのか?を伝えるようにする、マルチタスクが苦手な方だと注意する量も減らさないとおそらくまた同じ失敗をしてしまう事もあると思います。
成果ではなく、育ちの余白を見る

3話にわたってお届けしてきた今回のテーマですが、このお話しの結論が「目の前の事に気を取られている」という事。
しっかり自分の意見や目的を明確にしていても目の前の出来事に気を取られすぎると、自分を見失ってしまい本来の目的もわからなくなってしまいます。そもそも目的を持って行動していなければ自分の発言や行動に一貫性がなくなり、その時々で対処してしまうということになりやすいと思います。ここでの3話はどれも「育てる」ということです。植物や作物、子ども、大人どれをとっても結果をどうしたいのか?で育て方(見守り方)が変わってくると思います。育てるだけではなく色々なところで目的を持って行動した方が自分にとっての学びにもつながるし、満足のいく結果が生みださなければ過程(方法)を変える、シンプルなことだと思います。
さて、今回の投稿をもってブログは一旦お休みします。読んでくださる方がいて応援の言葉をいただいて励みになったこと、コメントいただいたりしてそこから新たな発見や氣づきがありお話しを深掘りできた事で2年間続けてこれたと思っています。
また違う形で再開できたらいいなぁと思っています。色々な氣づきをくださり、本当にありがとうございました。